京都の琵琶法師のホームページ

 

 

 「こころの菩提寺」です。

 

 

薩摩琵琶の奉納演奏や、ウクレレの演奏を、

昭和の頃から、病院、介護施設、拘置所等で

してまいりました。

 

 

ハンセン病療養所での活動や経験から、 

昭和の頃より、「ハンセン病の語り部」

として、各地でお話をしています。

 

 

 

大阪釜ヶ崎エリアでは、アルコール

 依存症の患者さんに対する更生活動で、

当時、現場でドイツ人宣教師の方から、

カウンセリング活動の基本を教えて頂き

、更生活動に取り組んでいました。

 

お世話になったドイツ人宣教師の、

エリザベス ストローム宣教師の

思い出は、ブログの中に書きました。

 

 

 

 

 また、日本国内にあるハンセン病の

隔離療養施設での活動では、当時、

お世話になりました、アメリカ人宣教師

、Rラスムッセン先生の思い出も、

ブログにいろいろと書きました。

 

 

 

 

 「こころの菩提寺」 

 

 

 

 

カウンセラー

悩み相談、人生相談のカウンセラーは、昭和の時代から始めました。

 

アルコール依存症の方の相談、心療内科受診者の方への相談、高校生や大学生の方への相談、介護や介助の悩み相談、夫婦間の相談などの人生相談に対応してきました。

 

 大阪の釜ヶ崎地域で社会福祉活動をされていた、ドイツ人牧師である E・ストローム先生からは、カウンセリングの基本を学びました。

 

日本最大のドヤ街である、大阪の釜ヶ崎地域で、アルコール依存症患者のお世話をしていく中で、貴重な経験を数多くしました。

 

 また、日本国内のハンセン病療養所内での活動では、アメリカ人牧師、R・ラムッセン先生からの協力とアドバイスを頂き、ハンセン病療養所内で活動をしていました。

 

 

 

     

          「こころの菩提寺」

      

 

 

 

強制収容療養所の「語り部」

大阪市西淀川区の大阪湾岸沿いに「外島保養院記念碑」という石碑が建っています。

 

明治42年(1909年)、ここにはハンセン病の療養所である「外島保養院」がありました。

 

「外島保養院」は、近畿地方と北陸地方の二府十県により作られた、ハンセン病療養所でした。

 

敷地面積は、約20,000坪の広大な敷地で、その後の増築で日本有数の規模を誇るハンセン病療養所が、ほぼ出来上がっていました。

 

昭和9年(1934年)の室戸台風で、海抜ゼロメートル地帯のこの保養院は、残念ながらすべての施設は壊滅してしまいました。

  多くの入寮者の皆さんがお亡くなりになりました。

 

 毎年このハンセン病療養所敷地跡にある記念碑(石碑)に、合掌をして礼拝をします。亡き方への想いを心に刻みます。

 

 ハンセン病はどの様な病気なのでしょうか。ライ菌は結核菌と同じ抗酸菌のグループに入ります。感染力は弱く、まず感染はしません。

 

1943年には、特効薬プロミン(promin)が販売されて、その後にプロトミン、ダプソン、リファンピシンの販売もあり、完治する病気となりました。

 

私が初めてハンセン病療養所に行かせていただいたのは、1970年代でした。

 

訪問した療養所の担当者から「まず感染はしません。もし感染しても特効薬の処置で約2週間ほどで、ライ菌は死滅します。ライ菌の潜伏期間があり経過をみたいので、その時は1か月半ほど、この施設の軽々度の病棟に入院して下さい。経過を見ます。」とサラッと言われました。

 

しかし、すべては取り越し苦労で、感染なんか、当然ありませんでした。

 

逆に私の方が入寮者の皆さんや回復者の皆様に、助けられながらの活動でした。

 

残念なことに、1907年(明治40年)から1996年(平成8年)までの期間、日本では強制隔離政策が、原則として続けられていたことは事実で、そのことで多くの不幸を生み出しました。

 

 現在でも、「ハンセン病の語り部」として、各地で皆様にお話をさせて頂いています。

 

    

            「こころの菩提寺」

 

 

 

   

京都の琵琶法師

 

小学校の頃から、二十歳過ぎまで、バイオリンを専攻していました。今でも部屋の隅にドイツ製のバイオリンが立てかけてあります。

 

 

当時は、バイオリン協奏曲や交響曲を、LPレコードで毎日聴いていました。

 

 

特に、ロシア人のバイオリン奏者、ダビット・オイストラフや、ユダヤ系アメリカ人のイツアーク・パールマンのレコードは、すりきれるまで聴きました。

 

フルトヴェングラーやカラヤン、カールベーム、山田一雄等の方々にも影響を受けました。

 

 

 

年月は流れて、現在は日本のハワイアンバンドのトッププロの先生に入門して、ウクレレとジャズに専念してます。

 

病院、介護施設、拘置所、集会場等での

ライブ演奏では、ウクレレで伴奏します。 

 

 

ハワイアンソングは、曲調が明るく、旋律が穏やかで、人間の病んだ心を、少しでも改善するとこらが、いいかもしれません。

 

  

若き時代の、懐かしいハワイアンソングの旋律にふれて、しばし心の旅をしてもらえる様に、演奏します。

 

                         

 

 

軽自動車の荷台に、テナーウクレレ、コンサートウクレレ、薩摩琵琶、フイッシュマンのアンプ、シールド、マイク、スタンド、プリアンプ等を積み込み、病院や、拘置所、介護施設にお伺いしています。

 

 

    「こころの菩提寺」