「こころの菩提寺」本河 聞光

人の命には長い命もありますし、短い命もあります。また、長い人生を過ごす中で、命がなくなる多くの場面を見るにつけ、命には限りがある事を知ります。 若い方でも御高齢者の方でも、もうこの人生を止めようと思うことはあるでしょう。しかしながら少し感じて欲しいのです。 人として命をもらって生きてきた事が、どれ程有難い事なのか、また、どんなに素晴らしい事であるのかをです。 あなたの命は大自然の恵みである「不可思議」な働きで偶然にも、この世に生まれました。 これをお釈迦様は「縁起」と説明されています。 先祖代々に受け継がれてきた命は、我々の力では、どうする事もできません。 お釈迦様がお話になる「縁起」というものに我々の人生は振り回されているのかもしれません。 しかし、もしそうであるのなら我々の人生というものは、自然の恵みである「不可思議」からの、お計らいによるものと達観して生きていけば良いのではないでしょうか。苦しく悲しく、もがき苦しむ人生(命)であっても、あなたの命は、大自然の恵みである「不可思議」の働きで偶然にも、この世に生まれたことを忘れないで下さい。 「こころの菩提寺」本河聞光
人間は、やはり寄る年波には逆らえません。年月を重ね、年配者となり、どうしても外出して遠き墓地まで、なかなか行けるものではありません。若いご家族様には、若い方の考え方もあり、無理に墓所におさそいしても駄目な場合もあるでしょう。そのような時、私はいつも思うのですが、外出して墓所に行かなくても、自宅の中にある、おないぶつ(ご仏壇)に手を合わせて、思いを込めて声明を唱えたら、それで充分に心は届いていると思います。菩提寺に行かなくても、おないぶつに手を合わせるだけで、心は貴殿の先様に届いているのです。 「こころの菩提寺」本河 聞光
きのう、京都の「五山の送り火」が何事もなく終わりました。京の夏の終わりを告げる伝統行事には、毎年全国各地から、この頃は海外からも多くの観光客が来られています。地元の京都で生まれ育った私の思い出は、青春時代に、中学生や高校生の知人友人と連れ立って、送り火が行われる前日や前々日に、各山のふもとに行き、大きな薪の束を背中に背負い、また両手に持って、各山の山頂まで運び上げた思い出です。昭和の時代は、今のような運搬の機械もなく、すべて人力で運び上げていました。遥か昔、夜空を精霊の炎で焦がす京の風物詩「五山の送り火」が行われる前日に、友人と共に大きな薪の束を背負い、山頂の火床に運び上げたら、時刻はすでに夜となっていて、真っ暗な大文字山(東山如意ケ嶽)山頂から、京都の明るい街並みを眺めていた思い出があります。今でも精霊に、御霊やすかれと思います。 「こころの菩提寺」 本河 聞光
毎年、この時期になりますと、京都は「五山の送り火」のシーズンとなります。今夜も夜の8時に、京都は東山如意ケ嶽の大文字から点火されまして、次に妙法が点火、次に船形、そして左大文字、鳥居形と次々に各山から炎が立ち上がり、亡くなられた方々の精霊が、炎と共に、かの国へと旅立つ日となりました。 当方が高校生の頃は、アルバイトで昼間のうちに薪を山の上まで運んだものでした。体力のある大学生は、一人で薪を四束も背負い、大文字山に運び上げていました。全て今は昔の思い出です。今一度、お亡くなりになりました方々から受けた恩義、情を、今夜一人で思い返したくなりました。お亡くなりになりました方々を、他人事のように考えてはなりません。その道は、近い将来、自分自身が歩く道なのです。 「こころの菩提寺」 京都の琵琶法師、本河聞光
2018年も8月となり、残暑の頃となりました。8月中旬のこの頃となりますと、京都は東山五条にあります大谷祖廟には、お参りの方々が、たいそう多く来られます。お墓をキレイに拭き掃除して、線香、ろうそくに火をつけると心の中には、遥か時を越えて亡くなられた方々への思いが満ち満ちてくるでしょう。静かに手をあわせて、我が亡き人に何をお祈りになるのでしょうか。御高齢になり、お墓参りが出来なくなった方も多いのではないでしょうか。自宅で、また自分の部屋で静かに手をあわせて、祈るだけでも充分なお参りになります。 「こころの菩提寺」 本河 聞光