皆様方は、現代の精神医学や、臨床心理学や、心理療法、その他各方面に応用されている「内観法」という療法をご存知でしょうか?各方面に良い影響を与えた療法ですが、この「内観法」という療法を考え育てた方が、真宗(浄土真宗)木辺派の僧侶である吉本伊信先生でした。さて、この内観法ですが、静かな研修道場などで、数日間、外界との関係、連絡を絶ち、自分自身との関係の深い親族の事を想い、今までに自分はその方々に何をしてきたか、何をして頂いたかを、各方面から自分自身の心の中に問い続けていく修行です。この療法で心身の健康を取り戻した方々は多いのです。この様な療法がある事を心のどこかに忘れずに置いといて下さい。なお、本日のブログの写真は、吉本伊信先生が僧侶であった真宗(浄土真宗)木辺派の本山錦織寺にある仏像です。本山錦織寺の宝の一つです。「こころの菩提寺」 京都の琵琶法師 本河聞光
薩摩琵琶の中でも、改良されていない4弦4柱の薩摩琵琶があります。裏板を胴といいまして、材質は島桑が最良と言われます。表の板を腹板といいまして、これもまた島桑の材が最良となります。4弦4柱の薩摩琵琶が完成したのは、室町時代頃といわれています。もちろん、音階は現代のドレミの音階ではなく、奏者の声にあわせた音階になります。今の皆々様方には、少し理解しにくい音階です。さて、昭憲皇太后閣下の御歌を一曲、ご紹介致します。「金剛石」という御歌です。明治天皇陛下の正室であられ、日本で初めて洋服をめされた皇后様でもありました。この皇后様は和歌と筆の達人で、多くの御歌を残されていますが、有名な御歌のひとつである「金剛石」は、4弦4柱の薩摩琵琶では、よく演奏される曲です。東京の学習院の校歌にもなっています。当方が薩摩琵琶の奉納演奏をさせて頂く場合、奉納演奏の前に必ず訪れる場所があります。京都の伏見にある明治天皇陛下のお墓と、その横にございます皇后様のお墓です。この地に行かせて頂き、御歌を作られた皇后様に、奉納演奏がうまくいく様にと、ご挨拶に参ります。 「こころの菩提寺」 京都の琵琶法師 本河聞光   
現代の社会は、核家族化が極端にまで進みました。また、企業の体系も変化して正社員が少なくなり、賃金体系も激変しました。この様な現代の社会では、今までのようにお葬式をして、お墓を立て、戒名や卒塔婆を頂き、長期にわたる法事や法要をやることが、困難になりつつあります。長期になる法事や法要では、それなりの費用も掛かります。故人を悼むという意味の法事や法要は、残されたご家族様にとっても、とても大切な意味を持ちます。しかし、時間をかけなくても、お金をたくさんかけなくても、心ある法事や法要はできるのです。時間を割いて盛大な法事や法要を営むことよりも、残されたご家族様の経済的な負担を軽減して、清楚で簡素な法事や法要を営む方が、残されたご家族様は納得されるのではないでしょうか。一戸建て住宅がすくなくなり、都会ではマンションが幅を利かせています。そのような現代社会のなかにあって、安い費用で、よりシンプルで、ご遺族様の心に残る法事や法要を考える時ではないでしょうか。毎年のお彼岸やお盆の僧侶による勤式や勤行も、出来るだけ経費をおさえた、心のあるやり方はないものかと日々考えています。「こころの菩提寺」 本河聞光
福沢諭吉が書きました「学問のすすめ」という書籍の中に、次のような文があります。人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり。という文であります。自分自身の自信のなさは、どこから来るのかというと、全ては、自立していない精神状態に起因しているのだというのが福沢諭吉の論旨であると思います。誰しも悩みの種をもち、誰かに依存したい心理状態になるものです。ある人にとっては知人友人が依存の対象になっているかもしれませんが、福沢諭吉は「学問のすすめ」の中で、独立の気力なき者は他人に依存してしまいダメだと書いています。知人友人に依存や依頼した人生ではなくて、自分自身をよく知り、自分の足ですっくと立つ人生を生きていく事が大切です。 「こころの菩提寺」 京都の琵琶法師 本河聞光
現在では、もう誰もごぞんじない病としてハンセン病がありました。昭和の頃は、ハンセン氏病と言っていました。さて今回、小笠原 登氏を紹介したく思います。日本のライ病の研究者でした。明治21年生まれで、昭和45年にお亡くなりになりました。なんと、おじいさまは僧侶でありましたが、薬学に強く、漢方医学にたけた人でした。小笠原 登氏は、小さい頃より、おじいさまの救済活動を見学しながら育ちました。ちなみに、おじいさまは江戸時代の末期ですが、ライ病、淋病、梅毒などの患者を、ご自身の境内の中で住まわせて治療に専念されていたのでした。つまり、伝統仏教の境内の中に病院を開業していた様なものでした。おじいさまの奉仕活動を見ながら育った小笠原 登氏は、医学部に進学し、皮膚科の専門医になり、時として国賊といわれながらも、患者様を守り続けて、死んでいきました。小笠原 登氏のお墓は、愛知県の真宗大谷派のお寺にあります。生前、小笠原 登氏は、僧侶が着るような黒い服を着て、頭髪も僧侶のように剃髪したような頭にしていました。おじいさまを見習い、強い信心の力を感じる人生でした。 「こころの菩提寺」 京都の琵琶法師 本河聞光
琵琶法師である当方は、ときどき古典楽器である「琵琶」について質問を受けることがあります。この琵琶について諸説があるのですが、日本へは遣唐使により伝えられたといわれています。琵琶法師についても、諸説あり、どの説が正しいのかは不明です。俗に言う盲目の琵琶法師は、今昔物語に出てくる蝉丸が有名でしょう。ともあれ、日本の古典楽器である琵琶は、財福神が持っている楽器であり、古代では、日本の宮殿の中での演奏会で使用されてきました。古くは、仏教の勤行の中で演奏されてもいた楽器です。現代ではかなりすたれてきていますが、おおまかにいいますと、現代使用されている琵琶には、薩摩琵琶、筑前琵琶になるでしょう。 音階はドレミの音階ではなく、日本古来の音階になりますので、少し聞きにくい、わかりにくい演奏となるでしょう。私もときどき各地で薩摩琵琶の演奏会と仏教の法話をさせて頂いています。 「こころの菩提寺」 京都の琵琶法師  本河聞光
この世の中には、かなりの宗教があります。今から40年ほど昔に、当時知り合いであったアメリカ人宣教師先生は、よく「アメリカにはキリスト教の新興宗教が何百もあり、問題になっている」と話していました。現在の日本でも、仏教の新興宗教は数限りなく存在しています。お釈迦様(ゴーダム ブッダ)は、現在のネパールの小国の王様の子供として、この世に生を受けました。お妃さまが旅行中に出産されたのですが、残念なことに、このお妃さまは、出産後、一週間でお亡くなりになりました。お釈迦様(ゴーダム ブッダ)は、母親のない状態で人生を生きていくことになります。のちに、父である王様は、お妃の妹と再婚して、お釈迦様を育てていくことになるのです。お釈迦様が亡くなるときは、多くの弟子に見守られながら死んでいくのですが、つまり、お釈迦様(ゴーダム ブッダ)は、完全なる人間であった‼ということです。主イエス・キリストも、アッラーも、超自然的な神様でありますが、お釈迦様は、ただの人間であって、奇跡も起こせなかったし、超自然現象も起こせなかった。この当たり前の普通の人の生き方を、学んでいきたいのです。「こころの菩提寺」本河聞光 
お勤め(お経)をいたしますのに、最低限、これだけはやらないといけない事があります。家のご仏壇にむかい、お経だけあげて終わりということはありません。浄土真宗の場合は、次のような構成でお経をあげていきます。まずは、お経または偈文、念仏、回向以上の3つは最低限必要になります。例えば、偈文は観衆偈をやり、短念仏をして、最後に3つある回向のうちのどれかをやることになります。これは、あくまで一番簡単な構成です。お経を読むことで悪霊が退散するとか、まじない的なものでもありません。    「こころの菩提寺」 京都の琵琶法師 本河聞光
日本の高僧である蓮如上人は、「とおく命を持たずして、今日ばかりと思え」と書き残しています。今日も間違いなく生きていけるのだ!というおごった考えは非常に危ういとの理解で正しいと思います。この世は、苦しみ悩む事の多い世界であることをわかっていながら、有限である現世への執着は、なんともしがたいものです。永遠の命があると勘違いをするからこそ、色々の欲望、願望、嫉妬、ねたみ等が生まれては、消えるのではないでしょうか。どこまでもどこまでも続く欲望を、捨てきれるように、強く「信仰心」を心にもち、一歩一歩確実にこの世の道を歩きたいものです。 「こころの菩提寺」 京都の琵琶法師 本河聞光
皆さんは、菩提寺に行かれた事がありますか?家族の誰かが亡くなった時に、慌ててお寺に電話をする方々が増えつつありますね。皆さんは「だって、お寺に行く用がない!」と思われているでしょう。法事や葬儀の連絡は、全て電話連絡で済んでしまう時代になってしまいました。檀那寺(お寺)と檀家が、電話だけで連絡を取り合う時代でもあります。しかし、仏教というのは、心の精神世界ですから、本来はお寺に行き静かに手を合わせて祈る場所でもあります。悩み多き人生の解決を求める場所でもあります。例えば、お寺の本堂は何のためにあるのでしょうか?お寺の本堂は本来は念仏道場としての意味を持っています。また、この人生のもろもろの解決の道場でもあります。宗教法人としてのお寺の本堂は、固定資産税も課税されていませんから、お寺の門徒さんである皆様のものなのです。ですので、門徒さんはもっともっとお寺に行き、念仏道場である本堂を、自分達で利用し活用することが出来る事を覚えておいてください。「こころの菩提寺」 京都の琵琶法師 本河聞光

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